大判例

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大阪高等裁判所 昭和30年(う)386号 判決

よつて案ずるに、原判決は公訴事実の如き犯行のあつたことは認められるが、その犯人が被告人であるとなすについては証拠が十分でないとして無罪の言渡をしたものであつて、犯人が被告人であると信ずることのできない理由として第一目撃証人の供述について、第二被告人の公判前における自白についてと題し詳細に説明している。しかしその説明中には首肯し難い点も相当あり又原審及び当審で取調べた証拠中には被告人を犯人なりとする有力な証拠も多々存するのではあるが、当審の判断も結局においては、被告人の犯行を肯定することを得ないとするにあること、原判決とその軌を一にするものである。

被告人は司法警察職員及び検察官の取調において犯行を自認したものがあり又使用したという兇器及び逃走経路を図示していること、被告人は本件犯行前日まで毎日通院していた上島医師方へその後同月二十日まで通院を中止していること、被告人が奈良公園において警察署に同行を求められた際にも易々としてこれに従つていること、目撃証人中多くのものが犯人は被告人であるとか被告人に類似しているとかの証言をしていることなどは被告人に不利なもので、被告人の犯行なりと疑い得べき有力な資料である。被告人の司法警察職員、検察官に対する右犯行目認の供述は取調官の誘導強制等に基くものである疑は認められないし、被告人は犯行後の逃走経路について王子神社の表門を出て西に直進したが袋路のようであつたので引き返したと供述している点は、現地の状況と目撃証人の供述と一致する点などよりすれば措信できるように思はれるけれども、更に犯行の動機、模様につき、原判決も説明するとおり、目撃証人の供述と相当相違する点があるのであるから、これらの事情よりすれば供述全体につき事実に符合する供述なりや否やその断定に迷はざるを得ない。

その他いわゆるキメテとなる明確な証拠のない本件においては犯人が被告人又は被告人に類似するとなす目撃証記人の供述を如何に解するかが、本件判断の重要なポイントとなつてくる訳である。これらの証人が自己の印象をあえて偽ることなく卒直に供述しているものであろうことは、これを疑うべきものがないから、信じ得るものと思はれるけれども、これらの証人は犯人又は被告人とはすべて初対面のものであり、犯行現場において犯人を目撃したのもほんの瞬間的のものであつたことなどよりすれば、その印象が必ずしも明瞭にして正確不動のものと思はれない点がないでもない。顔かたちの相類似するものは世上に多く、いわゆる他人の空似という諺もあるとおり、初対面の瞬間的印象は往々にして相違することのあることは、経験則の示すところであることによりても、これらの証人の印象が実体的真実に相違することなきを保し難いものともいわれないことはない。かく考えればこれら目撃証人の証言を無条件に受け容れることには躊躇せざるを得ない。

被告人の自認供述及び目撃証人の供述について右の如き状態である以上、前記の被告人の上島医師方不通院、警察同行の経緯はそれほど重要な意義を有しないことになつて来るといつてもあえて過言ではない。

その他原審及び当審で取調べた証拠を仔細に検討するに、被告人に対しては多くの嫌疑があるけれども、最後の一点において不明瞭なものがないでもない。しからば疑はしきは罰せずの原理に則り、被告人に対しては多くの疑を残しつつもその犯行を肯定する証拠は不十分であると認定せざるを得ないから、無罪を言渡した原判決は結論において違法がない。

(裁判長判事 岡利裕 判事 国政真男 判事 石丸弘衛)

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